武市半平太(大森南朋)
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武市半平太(大森南朋)
1829年10月24日生 1865年7月3日没
武市 瑞山であるが、通称は半平太と呼ばれている
土佐勤王党の盟主
白札の家柄で上士に一部準じる地位の家系
豪農から徐々に地位を上げていった
1861年 一藩勤皇を掲げて坂本龍馬、吉村寅太郎、中岡慎太郎らの同士を集め江戸で土佐勤王党を結成する
藩で対立していた吉田東洋を暗殺指示、暗殺成功後は東洋派重臣を追放、藩政の実権を掌握、京へ進出する
京都では数々の佐幕派暗殺に関与している
天誅、斬奸と称して、刺客を放ち、政敵暗殺をしつづけた
刺客として、岡田以蔵、薩摩藩の田中新兵衛が有名である
八月十八日の政変で長州藩が中央政界で失脚すると共に、勤王派も急速に衰退
慶応元年閏5月11日(1865年7月3日)に切腹
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